西 加奈子『舞台』を読みました。
葉太の姿につい笑ってしまうけれど、彼は私だし、あなただと思う。
笑い泣きしながら浄化されていくような、優しい物語でした。
- 西 加奈子の作品が好きだから
- 迫力ある装丁に惹かれて
書籍情報・あらすじ
書籍の基本情報
書籍名 | 舞台 |
---|---|
著者名 | 西 加奈子 |
出版社 | 講談社 |
出版年月日 | 2017年1月13日 |
頁数 | 224ページ |
あらすじ
太宰治『人間失格』を愛する29歳の葉太。初めての海外、ガイドブックを丸暗記してニューヨーク旅行に臨むが、初日の盗難で無一文になる。間抜けと哀れまれることに耐えられずあくまでも平然と振る舞おうとしたことで、旅は一日4ドルの極限生活に–。命がけで「自分」を獲得してゆく青年の格闘が胸を打つ傑作長編!
引用:Amazon商品ページ
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本を読んだ感想
嫌いな父、嫌いな自分
葉太にとって父は嫌いな存在で、それでいてどうしても自分に影響を与える人でもあります。
嫌いなら遠ざけて離れてしまえばいいのに、それができないのはそこに自分の姿を見ているせいだと思うんです。
本当の自分を隠し、「しゃらくさい」ほどに作家である自分を誇示する父が嫌い。
そしてそれが分かってしまう、嫌いな父と同じことをしている自分も嫌い。
父だけではなく、葉太はまわりの人が恥ずかしい状況にあると、自分の方が恥ずかしくなってしまう。
相手の中に自分を見てしまう強い共感性、それをいちいち抱いてしまうのは葉太が真面目で優しいためともいえます。
ですが、それをあらゆる場面で発揮してしまうのは、とても苦しいことかもしれませんね。
極限を目指すことで、自我を超えることにした
葉太は旅先でいきなり無一文になり、もともとの自意識過剰も手伝ってどんどん精神が不安定になっていきます。
行くはずの日本領事館にも向かわず、次第に壊れていく自我を客観的に認めて「この先を見てやろう」と突き進むんです。
突然笑い出すほど楽しくなったかと思えば、その直後、必ず深い自己嫌悪に陥る。
そんな精神状態のアップダウンを繰り返し、どうなっていくのかと自分を受け止め続けます。
『人間失格』の終盤、主人公の葉蔵が廃人に近づいていく姿と重なり、
もしかして葉太も、旅先でこのまま病んでしまうの…?と私は怖くなりました。
ですが、この極限状態の中、苦しみを突き破ってすべてがどうでもよくなる瞬間を迎えたら、彼は楽になれるかも。
葉太、いっちゃえ!とも思ったのです。
葉太は、歩き続けて痛む体と、すぐ近くに感じられる死の恐怖のことだけでいっぱいになります。
そこまでいって初めて、葉太は人に助けを求めることができた。
今まで何をするにもまず人目が気になり、羞恥心にとらわれないよう行動してきた彼が。
まわりを気にせず最初のレストランに入って、無一文にも関わらず平然と朝食を頼めたとき、
私は思わずほっと息を吐きました。
葉太と一緒に苦しい陰鬱の中にいて、そこから一緒に脱することができた気分でした。
自分は、なんて、情けない人間なんだ。
なんて、のん気で駄目なボンボンなんだ。
引用:西加奈子『舞台』
このある種の諦め、とても清々しいですよね。
まわりにいるたくさんの人に助けられ、この境地に達することができた葉太は、やっと楽になれたと思うんです。
葉太、きみはなんて可愛いヤツなんだ
彼は本当にめんどくさい性格で、偏屈だし、ピリピリしていてちょっと疲れそうですね。
まぁ、葉太自身にも「こうありたい自分」があり、それを演じているので一見余裕のある人間に見えると思いますが。笑
一人旅で余裕のある自分を演出できるように周到な準備をしたり、なのに大事なバッグを盗まれたり、
しかもそれを追うこともできないなんて…なんだか可愛いヤツですよね。
そして、こんな葉太を可愛いヤツと思えるのは、私が私自身を許せるような気がするからかもしれません。
私にも、こんなところがある。
できるだけ恥をかきたくないから、ありもしない正解を探しては虚勢を張ったり。
葉太の苦しみと似たものが、きっと誰の中にもあると感じます。
演じることも、演じないことも、どちらも許してほしい。
演じることがその人にとって、またまわりの人にとって優しいこともある。そう思いました。
おわりに
最初は、この小説を笑いながら読んでいました。
葉太がいよいよ常軌を逸してくると、どこか「身に覚えのある」彼の精神のぐらつきが、本当に苦しい。
痛々しくて苦しいですが、旅先の窮地によってそれまでの自分を壊そうとする彼を、
まるで過去の自分にするように応援したくなります。
葉太は今後も、体にまとわりつく羞恥心と陰鬱に苛まれるでしょう。
でも、一度自分を覆うすべてを捨てることのできた葉太は、今までよりはきっと楽に生きていける。
「『地球の歩き方』だけでも、返してくれないか。」
引用:西加奈子『舞台』
この台詞、あとから語られることによってどういう意味か分かるのですが、とても胸を打たれました。
大好きな一文です。
滑稽で痛々しくて、とても優しい物語。
著者自ら描いている装画も、ニューヨークの街並みがカラフルに表現されていて素敵です!
この街並みの中で、小さな葉太が苦しみから脱しようとしていると思うと…ちょっと胸にくるものがありますね。
最後に、この本を読んで私が感じたことを素直に、率直にまとめます。
- 葉太は私。みっともなくて恥ずかしい、可愛い存在
- みんなどんな姿であったとしても、許しあえるようになれたらいいな
- 西加奈子の書く小説は痛みを感じることも多いけれど、本当に優しい。だから好き
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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